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○ 『踊る破壊神』 ○

 二年も前から人類は空を失っていた。どこからともなく現れた無数の航空物体によって、ライト兄弟以来一三〇年にも渡って独占してきた制空権を完璧に奪い取られていたのである。
 いずれの国にも属さず、そして人類が開発したあらゆるメカニズムからも外れた動力源と武装を備えたその航空物体は、なんの芸もなく「UFO」と呼ばれた。
 「宇宙人は存在する!」と声高に叫ぶことを売り物にしていた連中は、その先見の明を語る場を失い悔しがったことだろう。マスメディアは彼らの相手をしているほど暇ではなくなったのだ。
 人は「UFO」の動向を知りたがった。無数の「UFO」はほとんど上空に待機しているだけだったが、一日ごとに降りてくる二一六機の機体は、地表で一機一殺の任務を果たすのだ。
 「UFO」たちの行動は迅速にして徹底したものであり、あらゆる国が知識とオーバーテクノロジーを独占するチャンスを失い、あらゆる宗教は新たな異教徒を改宗させる機会を失った。
 数多くの生物を抱えた地球までやってきながら、犠牲者はホモサピエンス・サピエンスのみ。毎日毎日、無作為に選ばれた(と思われる。なにしろ相手は人間ではないのだ)二一六人の人間が「UFO」の餌食となって死んでいった。狩りにしてはずいぶん単調な遊びといわねばなるまい。
 人類の抵抗はもちろんあった。自分の命がかかった場所で無抵抗主義を通すほど人間のできた人間はそれほど多くもないのだ。しかし、多くのSFに指摘されているように、今回の惑星間戦争も侵略者側が有利だった。相手の居場所にたどり着くだけのテクノロジーの基盤は、他のことにも応用できるのである。
 多くの人々の予想を、地球の科学技術の力は裏切らなかった。いや、裏切られたというべきか……。
 人類のために戦ってくれる奇特な宇宙人もいなければ、知らない間に敵を滅ぼしてくれるバクテリアもない。さらに「こんなこともあろうかと秘かに開発しておいた秘密兵器」も持たない人類は、ただ蹂躙されるにまかせるのみであった。

「毎日毎日大変ねぇ。あったかいお紅茶を入れたから、一息入れてはどうかしら?」
 のんびりした妻の口調に、男は落胆のため息をついた。
「そんな暇はない」
「でも、三カ月前にそのお仕事をもらってからというもの、ほとんど休む間もなしでしょう? 身体を壊しては、仕事も続けられませんよ」
「これは人類の危機なんだぞ! 休んでいる暇などあるものか。政府も軍にもなんの手立てもないいま、わたしこそが人類最後の砦になるかもしれんのだ」
「そんな大事なお仕事なら、なおさら健康に気を使わないと……。それに、今日は新しいハーブを試してみたのよ。一口だけでも飲んでくださらないと」
 男は大きく息をつき、椅子ごと振りかえった。
「結局、おまえはそこに戻ってくる。
 いってやろうか? この仕事に失敗すれば、おまえの大事な植物園を維持することもできなくなるんだぞ」
「あらあら、それは困ったわねぇ……。
 もしそうなったら、誰があの子たちの世話をするのかしら。気難しい子がいっぱいいるから、きっと大変よ」
「だから……! ……もういい、お茶をくれ」
 差し出したカップに笑みをつくり、妻は紅茶を注ぐ。
「サンドイッチもつくってみましたのよ。お仕事の合間にでもつまんでくださいね。
 今年も蜜蜂たちがよく働いてくれたから、おいしい蜂蜜が取れてとってもうれしいわ」
「人類の危機だというのに蜂の話か……」
「あなたはそういうけれど、昆虫は三億年も前からこの地球に住んでいたのよ。人類はまだ四〇〇万年の歴史も持ってないんだから、彼らに対してもっと敬意を払わなくちゃ」
 男はため息をつく。
「……まったくいつまで経ってもおまえだけは変わらんな。いつも幸せそうでうらやましいよ」
「あら、あなたは幸せじゃないの?」
 首を傾げて問いかけてくる妻に、男は一瞬言葉が返せなかった。
「幸せなはずがないだろう! どうして、幸せなんていえる? 空を埋めつくした『UFO』の大群が、いつ襲いかかってくるかもわからないというのに!」
「誰だって、いつかはこの世とお別れしなくちゃいけないのよ」
「だからあきらめるのか? わたしは最期まで死を避ける努力を続けるぞ。あの暗号さえ解読できれば、何かがつかめるかもしれないんだ」
「いま取り組んでいるお仕事のことね? いったい何をなさっていらっしゃるの?
 あたしは、ぜんぜん教えてもらってないわ」
「説明する間も惜しいからな。……そうだ、こんな事をしている暇など」
「ひさしぶりにお話をしてくださいな。
 心配しないで、今日はもう植物園のみんなにお休みをいってきたから、あたしが行かなくても大丈夫なはずよ」
「植物園の話などどうでもいい! わたしが休んでいる間にも、各地で犠牲者は出るんだぞ!
 これは人類の危機なんだ! すでに十五万人近い人間が犠牲になっている。毎日毎日二一六人もの人が殺されて……」
「この星には、あなたやあたしを含めてまだ六十億の人間がいるのよ。大丈夫、すべてが終わるまでには、八万年弱の余裕があるわ。
 いま、あなたがほんの一時間ほど休んだところで何も変わらないはずでしょう?」
 男は力を落としたように首を振る。
「それだけ頭がいいのに、どうしてそうなんだろうな……。
 ……わかったよ。説明してやる。だが、これは極秘事項だ。すべておまえ一人の胸に納めておくんだぞ。できるな?」
「ええ……。でもあたし、あの子たちに秘密を抱えたままでいられるかしら……」
「花や虫になら話してもいい。人には喋るな」
 淡々と紡ぐ男の口調は、なかば苛立ちまじりだった。妻はそれに気づいた様子もなく微笑んでうなずく。
「それでしたら、きっと大丈夫ですよ。安心して」
「……なら、話すぞ。そもそもの始まりは、あの『UFO』どもの出現だ。
 人類とはまったく異質の文化圏からやってきた侵略者たち。われわれの武器は通用せず、科学のメスも通らない。唯一わかったことといえば、あれが一種の生命体だということだ」
「あら、あれは生き物なの?」
「厳密な意味での生物ではないが、代謝活動に似た動きがあることは間違いない。何体かは、『殺す』ことにも成功した。
 だが、その側から新しい個体が発生するのだ。あらゆる意味で抵抗は無駄だった」
「生き物だったら、お友達になれるかもしれないわね。何をあげたら彼らは喜ぶかしら?」
「さあ、直接聞いてみたらどうだ。
 ともあれ、不死身の侵略者を相手にわれわれが手を失っていたところ、三カ月ほど前に通信文が入ってきた」
「『UFO』たちからのお手紙なの?」
「いや、発信源はもっと遠い所にあるらしい。
 それに、あの『UFO』たちはノイズレベル以上の電磁波を外部に発したことはないんだ。そういう意味でも生物に近い」
「……で? そのお手紙にはなんて書いてあったの?」
「わからない。それを読み解くのがわたしの仕事なんだよ。もしかしたら、あの『UFO』に関する情報かもしれない。
 まったく無関係という可能性もあるが、とにかく解読してみないことには……」
「でもあなたのテリトリーは古代言語学とちょっとした数学でしょう? 地球の外から来た手紙が読めるのかしら?」
「政府が期待しているのはわたしだけではない。言語学者という言語学者、それに暗号解読やパズルの達人までもがこの解読プロジェクトに導入されている。
 わかるか? 何を差し置いても、われわれはこれを読み解かなければならないんだ」
「そういうことでしたの」
「理解できたなら、仕事の邪魔をしないでくれ」
「その通信文というのをあたしも見てみたいわ。宇宙の方たちは、どんなことを書いているのかしら」
「やめろ! 頼むから邪魔をしないでくれ」
 コンソールに向かう妻を止めようとして、男は突然飛び下がった。
「おい! 部屋に蜂が入ってきたぞ!」
「あら、いけない子ね。ちゃんとお休みっていったのに……。寂しかったのかしら」
「早く追い払ってくれ! わたしが虫を嫌いだってことは知ってるだろう!」
「大丈夫よ。蜜蜂は自分から人を刺すことなんてないわ。それにこのシヴァはまだ小さいから……」
「こんなときにシヴァなんて不吉な名前をつけるのはよさないか! それはインド神話の破壊神の名前だろう?」
「それに踊りの神様でもあるのよ。この子は、とってもダンスが好きだから。
 あ、たしかこのキーでしたわね」
 細い指がコンソールを操ると、モニターには記号とも絵ともつかない不思議な文字列が流れはじめた。
「まあ、ずいぶんときれいなお手紙ね」
 ただ奔流のように流れてゆく画面を眺めながら、彼女は無邪気にはしゃいでいる。
「きれい……?」
 楽しげな言葉を耳に留めて、男は首を傾げた。文字を一つ一つのブロックで捉えようとしない妻の読み方を見ているうちに、彼の頭を何かが引っ掻いたのだ。
「あら、シヴァはどうしたのかしら? とっても忙しそうにして……」
 つられて見ると、モニターの前では蜜蜂がダンスを思わせるような単調な動きを繰りかえしている。
「イメージ……、踊り……、動き!? そうか! わかったぞ!」
 コンソールの前から妻を押し退けると、男は機関銃のような勢いでキーを叩きはじめた。
「そもそも多元系の情報らしいということはわかっていたんだ。だが、人間の頭や人間の開発したシステムでは線形の情報しか処理できない。それは、高範囲の波長を持った光と音とにおいとを同時に識別するようなもの……。
 この矛盾をどう埋めるかが最大の難関だったが、こんな単純なことだったのか。これを四次元座標にマップとして打ち込めばよかったんだ。そうすれば線形処理もできるはず。動きそのものが彼らの言語なんだ!」
「あら、あの人も急に元気になったわね。シヴァ、あなたのおかげみたいよ」
 蜜蜂はなおも同じ動きを続けていた。男に何度追い払われても舞い戻り、モニターの前で踊りつづけるその姿は、誰かに何かを伝えようとしているかのようにも見える。
 やがて、男はキーを打つ手を止めた。
「よし、プログラムが組み上がった。これをセンターの方で解析すれば……」
 ネットワークを経由して、センターのシステムにつないだ直後、モニターからコールサインが小さく鳴り響く。
 コンタクト・キーを押すと、見馴れた口髭が目に入ってきた。
「これはセンター室長」
「システムが急に動きはじめたから一応チェックを入れておこうと思ったのだが、君だったのか……。
 だがセンターに処理を依頼するなど、どうしたのだ? もしや……」
「ええ。はっきりしたことは解析待ちですが、もしかするとあの暗号が解けたかもしれません」
「本当か!?」
「十分後にははっきりします。音声に直してそちらにも回しましょうか?」
「もちろんだ! ぜひ頼む。これで人類は救われるかもしれんのだな?」
「過剰な期待を抱くのは禁物ですよ。暗号の解読には成功していないのかもしれないし、それ以前に、通信文そのものが意味のないものだとしたら……」
「そういう割りには、明るい表情ではないか」
「仕事を終えたのかもしれないという充実感は、たしかにありますからね。
 どうやら四次元座標のマップ……、すなわち動きそのものが意味と一対一対応しているのではないかというのがわたしの仮説です」
「動きそのもの……? だが、そんなものでは記録には適さないのではないのか?」
「T・A・エジソンの蓄音機が現れるまで、音声というものも文字の形と対応させて初めて記録に残ったものです。意味、音声、記号の三段階の変換が必要なわれわれの言語も、もしかしたら記録には向かないものなのかもしれませんよ。
 ひょっとすると、彼らの世界では意味を記録する方法が別にあるのかもしれません。あるいは、動きそのものを記録する装置が極度に発達している世界という可能性もありえます。……もっとも、これはわたしの仮説が正しかったとしての話ですが……」
「もう一つ、別の理由も考えられるんじゃないかしら?」
 突然割って入った女の声に、二人の男は視線を送る。
「無限の記憶を持つ知性体なら、わざわざ記録に頼る必要はないはずでしょう? 文字なんて、そもそも想起のための道具にすぎないのだから」
 モニターの前で顔を赤らめ、男は頭を下げる。
「もうしわけありません、センター室長。あれはわたしの妻でして……。頭はたしかによいのですが、すこしばかり常識はずれな所があるんです」
 口髭を撫でつけながらセンター室長は苦笑している。
「いや、なかなかおもしろい発想じゃないか。ファンタジーの題材としてはいい線をゆくかもしれん。……無限の記憶に耐えられる脳というものを無理なく設定できればな」
「脳とは限りませんわ。恐竜たちは身体中に分散した神経瘤で情報処理をしていたという話もありますし、昆虫など脳がなくても生きてゆけるじゃないですか。
 むしろ、脳など、無限の記憶に耐えられない不完全な装置なのかもしれませんわ」
「いいから、もう黙っていろ。……すみません。たわ言とお聞き流してください。
 あ、そろそろ結果が出るようです。データをそちらにも流しますので、音声を拾ってください」
『親愛なる、流刑者たちよ……』
 スピーカーから流れてきた無機質な言葉は、紛れもなく彼らの言語で紡がれていた。
「成功だ!」
「だが、何をいっているのだ?」
『……君達に重大な話を伝えなければならない。おそらく長い年月が記憶を風化させてしまったことと思うが、君たちはその星の原生生物ではない。われわれの仲間なのだ。ある罪を犯した罰としてその星に流さざるをえなかった。
 長い間、君達を放置しておいたことを許してほしい。いま君達を襲っている生体兵器は、われわれの「敵」が送り込んだものだ。けっして見捨てていたわけではないのだが、よもやそんな辺境にまで手を伸ばしてくるとは予想外であり、われわれも対応が遅れてしまった。
 もし、君達が肉体などという枷に縛られていなければ、われわれの助けを待たずとも簡単に一掃できただろう。……だが、それも罰の一環だ。優れた知能を活かしきれない肉体を与えることは、われわれの安全のためにも必要なことだった。
 「敵」の送り込んだ生体兵器は強力だ。当人たちに破壊の意識がないところがもっとも恐ろしい。彼らは、ただ兵器として生きていることを楽しんでいるだけなのだ。大きな罪を犯した君達とはいえ、そのような非道な殺人機械の犠牲となって死んでゆくことを見るのは忍びない。
 そこでチャンスを与える。もし、君たちにこの文面を読み解く知能と返事をするだけの力があるなら、われわれは仲間として君たちを助けよう。いくつかの生体兵器は独断で潰してきたが気休め以上の効果を望めるものではない。これ以上本格的な交戦をおこなうか否かはすべて君たちにかかっている。
 君たちの返答を待っている。「助けがほしい」か「否」か?』
 静寂が舞い降りる。スピーカーからの声が途切れた後も、しばらくの間、誰も口を開くことができなかったのだ。
「われわれは……、流されて地球にやってきた……『流刑者』なのか?」
 男のつぶやきにセンター室長も口を開く。
「にわかには信じがたい話だが、そう考えるとつじつまが合うこともたしかに多い。どう見ても、地球の中で人類の特異性は際立っているからな」
「言語学のかたわら世界各地の伝承を調べたこともあります。たしかに、われわれの祖先が空から来たというような話はよく聞きました……。しかし」
「とりあえずいまそのことは置いておこう。とにかく返答だ。『助けがほしい』という文面を彼らの言葉に直してこちらに送ってくれ。できるな?」
「え、ああ、もちろんです」
 打ち込まれた文章は先程と逆のプロセスをたどって「動き」のパターンに変換され、さらに四元構造の文面に打ち直されてゆく。
「よし、政府の許可を取り次第、これを早速送り返すぞ。なに、説得には五分とかかるまい。皆『UFO』にはおびえているからな。
 ご苦労だった。そしておめでとう、君の働きで六〇億の人類は救われたのだ!」
 興奮した声を最後にモニターから通信画面が消える。男は大きく息をつくと、心地よい疲労に身をまかせていた。
「お仕事は終わったの?」
 妻の声に片手を上げ、男は見るともなしにモニターを見つめたまま口を開く。
「……ああ、君とその蜂のおかげだよ。これでわたしも少しは虫が好きになれるかな?」
「あの人があんなことをいってくれるなんて、よかったわね。お礼をいってきなさい」
 その言葉に反応したように蜜蜂は男の元へと飛んでゆく。妻の真似をして指を差し出した男は、その瞬間、驚いた蜂の針を受けた。
「痛っ!」
 弾かれたように引っ込めた手がキーを叩き、男はさらに表情を歪める。
「あなたが驚かせるからよ。あらあら、かわいそうに……」
 床に落ちた蜂の死骸を大事そうに抱え上げると、妻はモニターを見て首を傾げた。
「あら、シヴァが踊っているわ」
 彼女の言葉通り、キーを叩かれ切り替わった画面の中では、三次元モデルの筒の内側を先ほどの蜂と寸分たがわぬ動きで光点が走っている。
「……馬鹿なことをいうなよ。これは助けを求める返答を『動き』に変換した……」
 いいかけ、男は不意に言葉を途切れさせる。丸く開いたその視線は、妻の手の中の蜂の死骸に注がれていた。
「三億年前からの原生生物……、四〇〇万年前に現れた生体兵器……?
 まさか、『助け』を求めていた流刑者とはおまえたちのことだったのか!?」
 窓からあふれる光に男が外を見上げると、上空に待機していた六〇億の「UFO」は、すべて地表を目指して降下を始めていた。



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