6月8日 外出

 今日は贅沢な余暇を楽しもうと、久しぶりに居住ドームの外に出た。早めの昼食を済ませて、正午前に「外出」……。昔に比べればずいぶんマシになったが、防護服はあいかわらず重い。
 毒々しい色をした太陽の真下にオフィスセンターが見える。俺の会社……、いや、俺を解雇した会社もあの薄灰色のドームの中にあるのだろう。ネットワーク上では地球の裏側だろうと隣の部屋だろうと感覚は一緒だが、こんなに近い距離だったんだな。
 以前、好奇心から調べてみたところ、このドームから一万五千メートルほどの距離にあると教えられた。古い尺度に従えば十五キロメートルといったか? ……キロメートルなどという中途半端な単位はいつから使われなくなったのだろう。いまの世の中では、すべてが手の届く距離におさまっている。
 ドームの周囲には「Lost Chirdren」たちの集落がへばりついていた。「神を返せ」、「自然に帰れ」などといっている者たちも結局俺たちの文明のおこぼれにありつかなければ生きてゆけないのだ。抗議するなら、集団自殺するくらいの覚悟を見せてみろといいたい。それでも、俺たち一千万の市民がこの暮らしを捨てる事などありえないが……。
 あらためて考えてみると、足元に広がるこのドームの中にはパーソナルデータが登録された一千万の人間がひしめいているわけだ。端数というものはなく、ちょうど一千万人……。ドームが養える人間がそうだというだけで決められた数だが、逆らう事はできない。……たとえ、それに数倍する人間がドーム建設当初に間引かれていたとしても……。
 いまの地球には十八のドームがある。かつては六十億もの人間が地球を踏み潰していたそうだが、少しは母なるガイアの負担もマシになったのだろうか?
 我知らず、苦笑いを浮かべていた。……こんなことを考えることなど、普通の人間には一生に何度もないだろう。なぜなら、それはネットワークから与えられる情報ではないのだ。
 退屈な世界だ。ネットワークの内も外も、すべて決められた通りに物事が進んでゆく。人間そのものもただの情報であり、素子でしかないというのか……。
 いや、そうかもしれない。資源とエネルギーが枯渇した世界で、われわれは移動の手段を奪われ「根をおろした」のだ。言葉の定義に従うならば、もはや「動物」であるとすらいえないだろう。IWのCreatureの方がよっぽど生物らしい。
 われわれにはネットワークしかないのだ。それがすべてであり、内も外も関係ない。……だが、それでいいと思う。われわれにはこういう世界が必要だったから、それを造りあげた。ただそれだけの話だ。どこにも邪魔するものなどなかったから……。人間こそが、この地球で最強の存在だったから。
 なぜ人間だけ? ……何度も自問したことだが、この光景を見るとますます考えさせられる。

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