6月7日 接続記念日

 今日は接続記念日だ。人類の偉大なる勝利を祝う一年で最大の祭りと皆はいうが、わざわざたたえるだけのなにがあるというのだろう? 「Lost Chirdren」ではないが、浮かれて騒ぎ、エネルギーを無駄にするやつらの気が知れない。俺にいわせれば、運任せの賭けに勝っただけの日にすぎないというのに……。
 たしかに八四年前のこの日を境に世界は一変した。全世界がネットワークで接続され、それまで莫大な移送エネルギーとコストをかけて流通させていた「物資」はすべて「情報」に置き換えられたのだ。慢性的で深刻だったエネルギー危機はその日を境に調整可能な問題になったとされる。
 しかし、当然のことながら、その計画も全世界を造りかえるほどのエネルギーを必要としていたのだ。いまデータを洗い直して見れば、それがいかに危ない綱渡りだったかがわかる。「Lost Chirdren」の言葉もけっして感情論だけではない。
 しかし、俺がやつらに賛同できるのはそこまでだ。「接続」は、そのすべてが無駄だったとはいわない。これによって解決したのはエネルギー問題だけではないのだから……。食料の不公平な分配がなくなったこともネットワークの恩恵の一つだが、俺がなにより評価しているのは、史上いかなる国家も、いかなる政治も、いかなる指導者ですらも成しえなかった完璧な人口抑制に成功したことだ。
 われわれは死んでもデータは残る。子作りの儀式とやらで得られるという快感は、支給される快楽物質だけで充分代替えが利くものだ。なにより、人と人とが直接会うなど、年に何度もない世の中で、わざわざ他人のために自分の時間を費やすなど無駄以外の何物でもない。
 われわれにそんな時間はないのだ。われわれは努力によって名を残さねばならない。
 百六十二歳で死んだ曾曾祖父が残した代替頭脳はメモリー化されてネットに記憶されているが、八年前に肉体が生命活動を停止以来、アクセス件数は百回にも足りない。このままでは「十年以内に一千件以上」という一次延命措置に必要な規定数すら越えることはないだろう。二年後にはネットワークから消去され完全な「死」を迎える。それは誰にも止められないことだ。
 無理もない。俺も一度だけアクセスしてみたが、気持ちの悪いコバルトの海と空の情報に吐き気を感じてすぐ止めた。貴重なエネルギーを割いてまで保存しておくだけの価値もないデータだ。
 ……俺は、ああなりたくはない。俺は消えたくないのだ。知性評価賞で得た二〇〇年分の延命権ごときでは足りない。俺は俺のパーソナルデータを「不死化」させたいと思っている。ネットワークの中枢、世界最大のデータバンク「パピルス」。そこに永遠に刻まれることこそが俺の夢であり最終目標なのだから……。
 俺には、その資格があるはずだ。

>>>6月8日